治療院情報

【名称・所在地】

自律神経調整専門 鍼灸治療院 和み堂

〒673-0866
兵庫県明石市朝霧町3丁目3-3

駐車場あり(「ワークマン」さんの北隣1番と2番)

【診療科目】

鍼(はり) 灸(きゅう) 小児鍼 あん摩・マッサージ・指圧 アロマオイルマッサージ

【診療受付】

8:00~19:00(最終受付)

【診療時間】

9:00より診療

【休診日】

毎週木曜日・第3金曜日
  *学会・研修などで臨時休診する場合があります。

【ご予約・お問い合わせ】

078-913-6623

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鍼灸治療院 和み堂 院長紹介

明石・朝霧・神戸市西区 自律神経調整専門 鍼灸治療院 和み堂 院長 井上和哉の画像です。
  • 院長氏名: 井上和哉(Kazuya Inoue)
  • 生年月日: 1974年11月6日 寅年生まれの蠍座
  • 性別: 男
  • 血液型: AB型(自他共に認める変人。いやいや真面目です。(^_^;))
  • 出身地: 兵庫県(田舎です。)

    取得資格等
  • 鍼師厚生労働大臣免許、灸師厚生労働大臣免許、あん摩・マッサージ・指圧師厚生労働大臣免許
  • 公益社団法人 日本アロマ環境協会(AEAJ)認定 アロマテラピーアドバイザー
  • 四級アマチュア無線義士(全く活用できていません。(^_^;))
  • 講道館柔道初段(一応、有段者です。)
  • 英検2級(役に立っていません。(^_^;)
  • AEAJ主催 アロマテラピー検定1級

所属など


略 歴

 1974年 兵庫県小野市に生を受ける。地元の小・中学校、隣市の高校を経て、金沢工業大学建築学科に進学。

大学在学中の20歳の時に原因不明の病気により4回の眼内手術をするも、左眼を失明。

長期の入院生活で大学を中途退学することを考えた時期もあったが、建築家フランク・ロイド・ライト氏に感銘を受けていたこともあり、大学に復学する

 1998年 無事、大学を卒業。某ゼネコンに就職。

 2000年 右眼に異変を感じ、約5ヶ月間入院し、2度の眼内手術を行うも右眼を失明その後、某ゼネコンを退社。

 2005年3月 国立神戸視力障害センターの生活訓練課程を経て理療科を卒業。 無事、国家試験をパスし鍼師、灸師、按摩・マッサージ・指圧師の厚生労働大臣免許を取得。某治療院に勤務。

 2006年3月 鍼灸治療院 和み堂を神戸市西区にて開院。

 2008年9月 やきがし なごみ堂を併設。(現在、焼き菓子の製造販売は行なっておりません)

 2010年 公益社団法人 兵庫県鍼灸マッサージ師会西神戸地区学術・広報部長に就任。

 2011年 古典鍼灸臨床医学会講習部 講師に就任

 2012年4月 明石市朝霧町に治療院移転

 2015年 古典鍼灸臨床医学会学術委員に就任

 2016年11月 明石市朝霧町3丁目3-3に治療院移転

治療院開院までの経緯を少々…

私の父は建設業を行っていましたので、小さい頃からよく現場について行って、砂とかセメントや左官屋さんに貰った古いコテなどをおもちゃによく遊んでいました。

今では子供が建築現場で遊ぶなんてことは、もちろんいけませんが、当時は民間の仕事であれば、怒られる事はなく、むしろお施主さんや職人さんにはよくしていただいていたものです。

そんな環境も手伝ってか、高校生の頃には建築家を目指すようになっていました。当面の目標は1級建築士の資格を取得して、いろんな物件の設計や施工を出来るようになること。それには日本では建築の専門学科に進学することが最短と思い、建築学科に進みました。

大学は第1志望とは違いましたが、大学時代には様々な経験が出来ましたし、大学の友人とは今でも集まったりしています。まぁ、地方大学だったので、友人の出身地は全国に渡り、現住所もばらばらなので、集まると言っても年に1回とか、そういう頻度なんですけどね…。

そして、大学時代には左眼を失明するという人生において全く想定していなかったことにも直面しました。しかし、「片眼が見えていれば何も問題はない」と思い、建築の道をあきらめることもなく、大学を卒業しました。

そして、建築設計をするにしても「まずは基本は現場からだ」「現場を知らずして良い図面は描けない」という信念の元に、ゼネコンに就職し、順調に経験を積んでいる最中に、もう片方の視力を失ってしまいました。

さすがに、視力が無いのでは建築という仕事はできません。それどころか、日常生活も以前とは全く違っており、さて、これからどうしたものかと思案の日々が始まりました。

まずは、身の回りの事が自分自身で出来なければならないと思い、生活訓練を受けることにしました。点字や白杖歩行なんてことも初めて体験しました。

日常生活の基本的なテクニックを習得し、さて、職業ということになるのですが、視覚障害者にとって職業選択の幅は非常に狭いというのが現実です。

以前は電話交換手という職業も需要があったようですが、現在ではほとんど需要はありません。コンピュータープログラマーも職業としては存在していますが、現在のように圧倒的にマウス操作を多様するコンピューターの使用の仕方では、それにみあうプログラム開発などはかなり困難と考えられました。

そして、視力の有無が関係なく、人に喜んでもらえる職業として古くからある鍼灸、按摩・マッサージ・指圧業を職業として選択しました。

以前の職業とは全くの畑違いのようですが、これが結構、共通しているように感じます。

建築現場では様々な工種が合わさってはじめてひとつの建物が出来上がります。そして、その様々な工種を段取りよく、工事の順序や工程などを考え、常に全体を見ながらひとつひとつの部分を積み上げ、設計通りに建築するための管理を行なうのが私の業務でした。。

一方、鍼灸、按摩・マッサージ・指圧においても同様に症状には様々な要因があり、身体のどの部分にどのような治療を施すかということなどを考え、体を元の状態に再構築していくことが治療となります。また、ボディーデザインをするとも言えます。身体は繋がっていますから全身でひとつです。常に全身のバランスを診ながら局所を刺激し治癒に近づけていくというのが治療です。

そのように考えると、この世に存在するものの本質は同じなのではないかと思います。私は眼に障害を負うことで数多くの支えによって今日があります。そして、私もまた人の役に立つべくして、この世に存在しているのだと思います。当初の想定とは違う業界ですが、物事の本質は同じで、関わり方が違うだけだと思います。

そんな事を考え、鍼灸、あんま・マッサージ・指圧治療院を開院したのでした。